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パタゴニア開拓史:大草原パンパを旅する牧童・ガウチョ

パタゴニアの大草原・パンパ

パタゴニアの東半分に広がる大草原・パンパにいると、あまりにも大きな空はまるで世界を覆っていることに気付く。
都市部や山岳地帯とも異なり、パタゴニアの草原は地平線のどこまでも続き、空はのしかかるように広い。

その大草原の広さは、約20年以上も前に長距離バスで、ブエノスアイレスからパタゴニアに来た時に痛感したものだ。何時間経っても、車窓から見える景色に変わりはなく、ブエノスアイレスからは約2500kmを丸2日間かけて移動した。
そのとき、延々と続く草原には、延々と有刺鉄線も続くことにも気づいた。パタゴニアの大草原は、隈なく私有地の牧場・エスタンシアとして「所有」されているのだ。なかには東京23区ほどの面積を持つ大牧場もある。

パタゴニア開拓の始まり

このパタゴニアにおける大変革のきっかけとなったのは、羊であった。

約100年前のパタゴニアは、アルゼンチン政府からも見放されて国境も曖昧なまさに荒野であった。まだ草原には先住民テウェルチェ族が闊歩した時代だ。
そんな時代に、キリスト教の先住民教化を建前に、イギリス人が南米最南端部やフォークランド諸島に住み着く。かつて大英帝国の布教活動と植民地化はセットで行われていた。いわば征服の先兵とも言える英国人の神父たちが、思わぬ発見をすることになる。

パタゴニアの大草原に自生する草・コイロンが、牧羊に最適だという発見だ。今まで無価値であったパタゴニアの草原は、金の卵であるという事実は瞬く間に広がり、アルゼンチン政府はパタゴニアの植民に本腰を入れることになる。この時代の開拓者には無償で土地を配ることで、パタゴニアの草原はほぼ全てが牧場(エスタンシア)として有刺鉄線で区切られることになったのだ。

アルゼンチン開拓のシンボル:牧童ガウチョ

それから数十年の間は、羊毛産業による黄金時代「ウールラッシュ」が続いた。この時に蓄積された富は、牧場経営の家族のみが独占して特権階級化する。経営者はブエノスアイレスに住み、実際の運営は牧童・ガウチョに任されていた。

とてもつもない広さの草原で、羊を追う牧童達はほとんど人に遭うこともなく、羊とともに草原に生きる。ガウチョの逞しく生きる姿勢は、アルゼンチンの精神的な象徴だ。アルゼンチンという国は草原の植民とともに成り立つ。首都ブエノスアイレスの周囲に広がる草原の開拓がガウチョの発祥であり、かつては武力も発揮して国家独立にも貢献した馬賊のような人々なのだ。

世界のどこでも同じく、馬賊は誇り高い。
かつてのように草原を雄飛する時代ではないが、ガウチョの魂は牧童達に受け継がれる。

何もない「地の果て」の草原・パンパは、先住民が住む神話の時代に始まり、開拓民やガウチョが活躍する開拓時代、その開拓に派生する個々人の面白い話しに満ちた、とてもドラマチックな場所だ。

この草原のドラマを紐解いていく作業は、パタゴニアの開拓史そのものなのだろう。

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季刊・会報誌「ポコ・ア・ポコ」第7号の見出し

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