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風景写真家・松井章のブログ

インカ文明を支えた農作物「トウモロコシ」の不思議

私たちの食卓にある中南米原産の農作物

私たちの日常の食卓で目にする農作物で、中南米(アメリカ大陸)が原産の種類はたくさんあります。
トウモロコシやジャガイモ、トマト、トウガラシ、カボチャ、タバコ、ゴムやカカオなど、現代ではどれも当たり前のように存在する食材です。
それまでユーラシア大陸やアフリカ大陸に存在しなかった農作物が、世界に伝播した発端は大航海時代「1492年」のコロンブスによる新大陸発見でした。

これら中南米の農作物のなかで、インカ文明において、特に存在感の大きい「トウモロコシ」の歴史をご紹介します。

謎に包まれたトウモロコシの起源


トウモロコシは祖先にあたる植物がまだはっきりと見つかっていないことから、起源は謎に包まれています。「自然に種を落とさず、自力で子孫を残すことができない」特徴は、まるで最初から人の食物として生まれたような不思議な植物です。

メキシコから南米大陸のインカ文明へ

最初に人類の歴史に登場するのは、紀元前1500年ころのメソアメリカ文明です。この古代文明は北米(メキシコは地理的には北米に入る)から中米にかけて興隆した文明の総称で、オルメカ文明やテオティワカン文明、マヤ文明、アステカ文明などが有名です。今でもメキシコではトウモロコシ粉を使ったトルティーヤ(簡単に言うと「タコスの皮」)が主食です。

南米大陸のアンデス山脈へも同時期には伝わっていきました。アンデスの古代文明を始め、インカ文明でもトウモロコシは主食の一つです。アンデス山脈では、トウモロコシは主食としてだけではなく、祭祀で使う酒(チチャ)の材料としても利用されました。単なる食料ではなく、宗教上にもトウモロコシは重要な作物であったのです。

アンデス文明を支えたトウモロコシ


インカ文明を始めとした諸文明の発生の段階から、トウモロコシは重要な存在でした。畑作を行い大量生産できる体制とともに「文明」が生まれたからです。
アンデス山脈の諸文明では、トウモロコシとジャガイモの2つの作物が最も重要な役割を果たしました。

アンデス山脈の多種多様なトウモロコシ


トウモロコシはアンデス山脈で400種類もあると言われます。これらの多くは、インカ文明の時代に品種改良されて生まれました。
マチュピチュ遺跡への観光の起点として有名なウルバンバ谷は、インカ時代の遺跡がたくさん残る場所です。ここはインカ時代の農業試験場でもありました。地面に空いたクレーターに段々畑を作り標高差を利用した農業試験場で、品種改良を重ねました。

インカ帝国の人々は、主に標高の高い自然環境の厳しい山岳地域に暮らしていました。それぞれの地域で最適な作物をウルバンバ谷で品種改良して作り、広大な領土の各地へ最適なトウモロコシの品種を送って繁栄したのです。

ジャガイモは貧しい土壌にも育つ強い作物ですが、保存期間はそれほど長くできませんでした。他方、トウモロコシは栽培に多くの水が必要ですが乾燥すれば長期間の保存ができました。

このことから、インカ帝国のなかでも、ジャガイモとトウモロコシのどちらを主食とするかには、地域差に加えて社会的な階級の違いもあったようです。

インカ文明の豊かな食糧事情


インカ帝国の人口は最盛期には1000万人以上いたと考えられています。首都のクスコは人口20万人いたと考えられています。

これだけ多くの人口を持ちながら、インカ帝国では物乞いなどの貧者はいなく、飢える者はいなかったといわれています。機械もない時代に、それだけの人口を支えることができたのは、トウモロコシやジャガイモをはじめとした農作物の大量生産にあるでしょう。

そのなかでも、トウモロコシの果たした役目がいかに大きかったかは、ペルー料理に見る食文化から感じることができるでしょう。

高度な土木技術で整備された段々畑(アンデネス)


アンデス山脈の山岳地帯で、トウモロコシを大量生産できたのは、階段耕地と呼ばれる段々畑(アンデネス)の技術を確立したことによります。どんな急こう配の土地もインカの人々は堅牢な段々畑を作り、今でも多くの段々畑が機能いているほどです。
精巧な測量技術により、地図に書かれた等高線に沿うように正確な段差で作られました。
この高度な土木技術により、インカ文明の1000万人ともいわれる人口の食料を自給することに成功したのです。

トウモロコシの神聖な役割「チチャ」


貧しい土地で育つジャガイモはどこでも育つために、まさに主食として食されました。
トウモロコシの方は主食としての度合いには地域差があり、共通しているのは祭祀の意味合いが強かったことです。太陽神への供物として多くは徴収されて、太陽神に捧げる酒「チチャ」を作りました。

インカ帝国に関する貴重な資料を残した「インカ・ガルシラーソ」

紙を持たなかった中南米の諸文明では、詳しい文書などの資料が存在しないために多くのことが今も謎に包まれています。現地の様子を書き残した資料の多くは、スペインによる侵略の後になります。

ペルーでいえば、スペイン人の征服者とインカ帝国の王族の間に生まれた混血の「インカ・ガルシラーソ」は、当時のペルーの様子を本として出版しました。有名な「インカ皇統記」では、伝承で残るインカ帝国の歴史や文化・風習を集めて後世に残しました。

世界に広がるトウモロコシ

スペイン人がスペインに持ち帰ったトウモロコシは、ヨーロッパ、そしてアジアや北米まで広がりました。
18世紀の中国でもトウモロコシが普及することで、人口が爆発的に増加したといわれています。

日本に伝来したのは1579年が始まりです。明治時代になると、明治政府は北海道の開拓のために、トウモロコシを本格的に導入して全国的に普及しました。

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