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【日本の風景写真】「富士山」から辿る日本人の原風景の変遷

日本の象徴:富士山

日本の象徴として、日本人の心の中には常に富士山(3776m)があります。それは遺伝子に刻み込まれているかのように、原風景という言葉を超えた存在なのかもしれません。

日本人と富士山の関りを少しだけ調べてみると、それは壮大な日本の歴史を俯瞰するようで奥深いものでした。

世界中の人々にとって、富士山は「サクラ」と同様に、日本の象徴として憧れの存在です。

美しい懸垂曲線を描き優美に聳える富士山は、文化・芸術、そして宗教にまで深く日本人の心に浸透しているのです。富士山が世界遺産に登録されたとき、自然遺産ではなく、文化遺産として登録されたのも、富士山と日本人の深い繋がりそのものが世界遺産として評価されたからです。

富士山信仰の源:縄文時代(紀元前14000年から紀元前1000年)

山や滝に畏敬の念を抱くという概念は、私たちにとって、とても原初的な感情です。
その源を辿ると、それはヒト科の前段階に似ているチンパンジーにまで遡ることができます。チンパンジー研究を続ける学者ジェーン・グドールは、ジャングルでチンパンジーの群れが通う滝に着いていくと、滝の前で普段とは異なる振舞いの彼らを見て、そこに“畏怖”という概念を直感します。その畏怖こそが、宗教の始まりであると考えました。

他の山とは明らかに異なる「富士山」の存在に畏怖を感じた人類を考えると、きっと相当に古くまで遡ることができるでしょう。富士山信仰の始まりは、最大で旧石器時代の約4万年前になるのかもしれません。この時代の人類が、遺伝子的に私たち日本人の起源と考えられているからです。

その後の縄文時代はとても長く繁栄しました。紀元前14000年から紀元前1000年まで、約13000年も続いたと考えられています。旧石器時代とは異なり、定住しながら狩猟採集で暮らしました。この時代の日本列島は氷河期は終わり温暖化が徐々に進み、落葉広葉樹林が列島を覆いました。その豊富な木の実を採集して、住居の木材には「桜」を使用したそうです。
豊かな森は、狩猟採集の縄文人を養い、最大で26万人くらいまで人口が増えたのではと言われています。

この時代に、今に繋がる富士山信仰の源が生まれたと考えても良いかもしれません。

縄文人の血を色濃く残すと言われるアイヌ民族のアイヌ語には、「アペフチカムイ」という“囲炉裏の中に鎮座する火の神”を表す単語が、富士山の語源という考えがあるそうです。

深い森の中から屹立する富士山は、この時代の人々にとっては、美しさよりも恐ろしさの方が大きかったのかもしれません。噴火による被害をもたらす富士山は、きっと“荒ぶる神”の象徴だったのです。

いずれにせよ、アイヌ民族と琉球民族は縄文人の遺伝子を色濃く残します。大陸の影響を受けて、水稲農耕を取り入れて弥生時代へと移り変わる中で、狩猟採集の文化を守る人々は、北の辺境と南の琉球列島へと追われていったと考えて良いでしょう。
蝦夷(えみし)と呼ばれる縄文の文化を守る人々の生活圏は北に狭まり、北海道でアイヌ民族となったのです。そのことから、北海道は蝦夷(えぞ)と長く呼ばれていました。

富士山信仰の始まり:弥生時代から古墳時代、そして有史の日本へ

大陸からの文化が流入した弥生時代(紀元前10世紀~紀元3世紀)、日本にとっての有史が始まるわけですが、この時代は神話と史実が混じり合う時代です。
縄文の文化も継承するなかで、仏教伝来より前に成立したのが神道です。森羅万象のすべてに神を感じ、“八百万の神”として敬った多神教は、自然からの恵みに頼った縄文的な考えが根っこにあるのです。

その後、古墳時代(3世紀~7世紀)、富士山は神が住む霊山として、「福慈神(ふじのかみ)」と呼ばれたそうです。
頻繁に噴火する富士山に、大和朝廷は畏怖の念を抱き、少し離れた現在の富士宮市に浅間神社が祀られました。
山の神として祀られたのが、コノハナサクヤヒメという女神でした。
遠方から拝むことを「遙拝」と呼び、この時代の富士山は「遙拝」の対象でした。

仏教伝来の飛鳥時代(7世紀~8世紀)や奈良時代(8世紀~9世紀)にかけて、日本各地に散らばる神話の伝承を集めた古事記や日本書記が編纂され、「日本神話」が確立されました。

富士山の山岳信仰の始まり

864年(貞観6年)の大噴火以降は、富士山が活発に活動した時代は終わり、富士山直下の河口湖町の河口に浅間神社が建てられました。平安時代から富士山はより身近な存在となり、神道と仏教が融合した山岳信仰も始まります。それは最澄による天台宗や空海による真言宗とともに広がった仏教であり、山での修行を重視しました。

この山岳信仰の始まりとともに、日本人は多くの山に登るようになり、多くの山が命名され登山道が拓かれました。西洋のアルピニズムと日本の山岳文化が大きく異なるのは、日本には古来から密教の山岳信仰が根付いているからなのです。

こうして、富士山の信仰もまた、「遙拝」から、登頂して拝む「登拝」へと変化していきました。それは富士山という存在が人々により近づくことでもありました。万葉集や竹取物語にも登場するように、富士山は日本人に愛でられ敬われる存在になったのです。

その後、江戸時代の約260年に及ぶ太平の時代に、富士山は「名勝」と呼ばれるようになり、葛飾北斎の「富嶽三十六景」のように、日本人の心象風景には常に登場する、まさに原風景の一つとなったのです。

こうして日本人の長い歴史を辿ると、きっとそこにはいつも富士山が寄り添っていたはずです。時には厳しく、ときには優しく嫋やかに、日本の美の極致ともいえる富士山は、これからも日本人の根底を支える存在であるのでしょう。

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