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葦の浮島・ウロス島/“天空の湖”チチカカ湖(ペルー側)②

葦の島の集合体:ウロス島

ウロス島は、「トトラ」という葦を重ねでできた浮島です。チチカカ湖のプーノの町から船で約30分ほどの湾内にある、約120の“葦の島”の集合体です。人口は約3000人で、ウル族(ウロス族)という人々が今も水上で暮らしています。
葦の島の上にある家は、やはり葦で作られて、船もまた葦を編んだ船を使います。

ウロス島の歴史と暮らし


ウロス島に住むウル族は、かつては独自の言語を持っていて、チチカカ湖沿岸の陸上で生活していました。
西暦1200年頃に成立したインカ帝国がチチカカ湖に拡大した時期に、ウル族は陸地を追われて、“葦の島”を作り水上に移住したと言われます。
インカ帝国から身を守るために島には監視塔を建てて、いざと言うときには浮島は移動することもできたそうです。

約500年という歴史の中で、ウル族はチチカカ湖沿岸に住むアイマラ族と次第に同化しながら現在に至ります。アイマラ族は、チチカカ湖からボリビアのアンデス高原に住む人々で、かつてはインカ帝国の一員でもありました。
ウロス島の人々の民族衣装もまたアイマラ族の衣装と同じであり、チチカカ湖から西のペルー側に住むケチュア族の衣装とは少し異なるのです。

ケチュア族を中心にして成立したインカ帝国は元々はクスコ周辺の小さな地方国家でしたが、チチカカ湖周辺のアイマラ族を組み込み、さらに多くの部族を併合して、巨大な帝国に飛躍しました。チチカカ湖の東端にあるアイマラ族の「太陽の島」が“インカ発祥の地”と呼ばれることも、ケチュア族がアイマラ族と融合するために考えた一つの精神的な仕掛けなのかもしれません。

いずれにせよ、ウル族の人々はインカ帝国に追われて陸地を失いましたが、インカの一員であるアイマラ族と徐々に同化していったのです。

ウロス島は、浅瀬の葦を刈り取り、積み重ねて作ります。積み上げた葦は約2~3mで、上陸すると分かりますが、水面の動きに合わせて少したわむように動いています。一番底の葦は腐ると沈むので、島の沈下した部分には葦を重ね足します。
すでに500年以上もこの作業を繰り返して、ウロス島の人々は水上に暮らしているのです。

住居を始め、船もまた葦を編んで作ります。
船はトトラ舟と呼ばれ、今もチチカカ湖の伝統的な船として使用されています。探検家のヘイエルダールが、エジプト文明の移民が南米に到達したという持論を証明するために、トトラ舟を使用して大西洋横断に挑んだことは有名です。

島では家畜も飼育して、船で漁業も行う自給自足の生活をしています。しかし、現在では島に簡易宿泊所もオープンしたほど、ウロス島の人々は観光客からの収入を頼る生活に変化してきています。

プーノ発着:ウロス島の訪問ツアー

プーノ発着でウロス島の訪問は、所要約2時間の半日ツアーで参加可能です。または、タキーレ島を訪問する終日ツアーでも、ウロス島に立ち寄るのでお勧めです。

チチカカ湖の解説シリーズ

ペルー側


ボリビア側


ペルー旅行の魅力を解説③:“天空の湖”チチカカ湖

「チチカカ湖(ペルー側)」専用ページ

【動画】ペルーの絶景集:悠久のアンデス山脈と古代文明、世界遺産マチュピチュ

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