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パタゴニア開拓時代に移植されたサーモン・トラウトの歴史②

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アンドレ・マドセンがわずかな羊と馬を連れて、フィッツロイ山麓に単身で開拓を始めた時代、パタゴニアではヨーロッパからの移民が競うように入植を始めました。ウプサラ氷河の畔では、マスターズ一家がやはり裸一貫でクリスティーナ牧場を拓いた時です。
1900年代の初頭。この時代はパタゴニアの歴史で、最も賑やか時期であったでしょう。開拓民とともに、領土確定の必要も生じ、アルゼンチン・チリ両国が探検隊を大陸氷床に派遣したのもこの頃です。
パタゴニアという白地図に、等高線が書き込まれて行きました。
このブームを作ったのは「羊毛」です。1850年代のアラスカのゴールド・ラッシュのように、1900年代初頭のパタゴニアはウール・ラッシュと呼ばれた時代です。自生するコイロンが羊牧に最適なことが分かり、アルゼンチンの経済を牽引するほどに羊毛産業は急速に発展しました。アルゼンチンが第二次大戦の末期にかけて、世界でも有数の大国にまで躍進するきっかけとなったのです。
人間にとっては躍動的な一つの良き時代でしたが、グアナコやピューマにとっては滅びの始まりでした。牧場建設のために、パタゴニア中がパッチワークのように細かく有刺鉄線で分断されたのです。移動を制限された野生動物は、羊牧にとっても害獣と見なされ駆除されていきました。
そのような生態系の大変化の時代に、ヨーロッパからの移民は、サケ・マスも持ち込んだのです。食糧としての漁業資源の必要性というよりは、スポーツ・フィッシングのために、熱狂的なマニアが移植を試みました。これがパタゴニアにおけるサケ・マスの歴史の始まりです。ニジマス、ブラウントラウト、イワナ、大西洋サケが最初に持ち込まれました。生息環境が極北に似ていることからも、パタゴニアの自然に“陸封型”として河川や湖沼に定着を果たしました。
この移植は劇的な成功を収め、中部パタゴニアからフエゴ島までの約2500kmの地域全域の河川や湖沼に定着することになります。わずか10年ほどで放流された稚魚や卵は60万個以上に及ぶそうです。
これらの一部、ニジマスとブラウントラウトは、マゼラン海峡やビーグル水道のフィヨルドの湾にまで下るようになります。そして、チリでは、トラウト(マス)がサーモン(サケ)と呼ばれるようになりました。専門的には、あくまで“降海型”トラウトであり、サーモンではないそうです。
トラウトはこのように主に“陸封型”(一部は降海型)として定着しましたが、“遡川型”と呼ばれ、海を回遊して川に戻ってくるサーモンは定着しませんでした。太平洋サケと呼ばれる種類で、キングサーモン、ギンザケ、ベニザケ、シロサケ、カラフトマス、サクラマスの6種類のサーモンが放流されますが、ほとんど全て海に消えてしまいました。放流したサケは一体どこへ消えてしまうのか。記録上ではほとんどゼロに近い状況でした。
川の匂いを便りに同じ河川に戻ってくるという、深く本能に根差すサケの回帰性は生命の神秘としか呼べないのでしょう。
その放流と研究の歴史は長く停滞して続き、アルゼンチンとチリでは1960年代まで行われました。満足な結果が得られずに半世紀が過ぎることになります。
この停滞の時代を打破したのが、日本人だったのです。1970年代のことでした。
(続く)
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