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ペルー・インカの都クスコを一望する城塞:サクサイワマン遺跡

ピューマの形を模したインカ帝国の都「クスコ」

ペルー・インカ帝国の都「クスコ」は、大地を司る聖なる動物・ピューマの形を模して建設されたと言われます。

インカの王様が住んだ帝国の首都として、南米中に広がるネットワークの中心がクスコであり、情報と物の全てがここに集まりました。
クスコはもともとは「コスコ」と発音され、インカの末裔ケチュア族の言葉で「へそ」を意味します。

クスコを一望する丘の上にあるのが、「サクサイワマン遺跡」です。

たしかに地図で歴史地区をなぞれば、ピューマのような形が浮き出てきます。そして、この丘のサクサイワマン遺跡はピューマの頭の部分を成していたといわれます。
サクサイワマン遺跡の周辺にも、インカの人々にとって重要な聖地であった遺跡が点在しています。

クスコを守護する城塞、サクサイワマン遺跡

サクサイワマン遺跡は巨石を緻密に組んだ遺跡として有名です。高さ4~5mもある巨石を、剃刀一本さえ通さないといわれるほどに組み合わせています。これだけの巨石をどのように組んだかは今は謎の一つです。
見上げるような石組みは三段に渡り高さ20mほど、幅は約400mも連なります。

まるで粘土細工のように自由自在に巨石をデザインしていますが、インカ文明、そしてインカ以前の文明から続く石への執着は、現代の我々には想像できない次元であり、その遺物は偉業と言えるでしょう。インカの人々にとって、どれほどの時間がかかるかは関係なく、何をどのように作るかが最も大事だったのです。

スペイン人に落とされた最後の牙城

1492年のコロンブスの“新大陸”到達以来、中南米に進出したスペイン人とポルトガル人は、わずか30~40年ほどで中南米各地の文明を滅ぼしてしまいます。あまりにも平和なインカ人は刃物を持たず、ユーラシア大陸の切磋琢磨されて鍛えられた文明とは武力の面では明らかな差がありました。そして、人々に取り入る狡猾さとともに、わずかな人数で次々と侵略していきます。
車輪や馬を見たことがない中南米の人々にとって、突然侵入してきたヨーロッパ人の全てに驚愕したことでしょう。

インカ帝国も内部から崩壊するなかで、1536年に王マンコ・インカとともに人々は最後の戦いに撃って出ます。戦いの場は、このサクサイワマン遺跡でした。
戦いはスペイン人の夜襲であっさりと終わり、スペイン人にサクサイワマン遺跡は破壊されてしまいます。しかし、この城塞の基部を成した巨石の石組は壊すことができず、今に残されました。

氷河期の名残:氷河の「擦痕」が刻まれた岩

サクサイワマン遺跡の向かい側には、巨大な丸い岩山があります。一枚のつるりとした岩があります。サクサイワマン遺跡を俯瞰するのにちょうど良い岩山に、かつての氷河期の名残りを見ることができます。
丸く綺麗に削られた岩山は、かつて氷河期にここが氷河に覆われていたことを示す証拠です。つるりとした岩肌には無数の「擦痕」が刻まれています。氷河に圧縮されながら移動した石が氷河の底であったこの岩山を削ったあとです。
全ての「擦痕」は同じ方向を向いているので、氷河はどのように流れていたかを知ることができる物理的な証拠でもあります。

南米3大祭り「太陽の祭り(インティライミ)」

今のサクサイワマン遺跡は、6月24日の冬至に開催される「太陽の祭(インティライミ)」の舞台です。南米3大祭りに数えられる大祭で、毎年お祭りの3週間ほど前から、町はお祭り気分となり、夜まで民族衣装を着た人々が街路をカーニバルで練り歩きします。
ケーナ、サンポーニャ、チャランゴなど、アンデスの音楽に欠かせない音とリズムに町が包まれます。
お祭りのメインとなる6月24日は、クスコ近隣からも人が集まります。サクサイワマン遺跡周辺の広大な草原は、人々ですべて埋め尽くされます。彼らが熱い視線とともに見守るのは、サクサイワマン遺跡をバックに行われる舞踏です。当時のインカ帝国の栄光を称える劇を見るために、毎年インカ直系のケチュア族の人々は、自らも民族衣装をまとい集まるのです。

クスコ周辺の聖なる遺跡を巡る

クスコの高台の丘陵地帯は、サクサイワマン遺跡の背後に、インカ文明にとって重要な遺跡が残ります。これらの遺跡もご案内していきます。

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