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アルパカの毛刈りとアンデスの民アイマラ族の伝統
アンデス山脈の奥地で、アルパカの放牧によって暮らすアイマラ族の人々にとって、アルパカは単なる家畜ではなく、家族の一員のような存在です。
厳しい自然環境の中で、人とアルパカはお互いに支え合いながら生きてきました。その共生の歴史は、およそ六千年にも及ぶといわれています。
古代から、アルパカの毛は王族や神官の衣服に使われる高貴な繊維であり、富と権力、そして信仰の象徴でした。
現代においてもその価値は失われることなく、希少で高級な天然素材として世界中で高く評価されています。
アルパカを放牧する家族にとって、毛刈りは単なる労働ではなく、神聖な儀式です。アイマラ族は、森羅万象に神が宿ると考えるアニミズムを信仰しており、絶対的な神は存在しません。その中でも、大地母神パチャママ(Pachamama)は特別な存在であり、彼らの生活と信仰の中心にあります。
毛刈りの日、まずは大地からの恵みであるアルパカの毛にたいして、パチャママに感謝を捧げる儀式から始まります。アンデス特有の伝統模様が織り込まれた織物の上に、コカの葉を広げ、タバコとお酒を供えます。
そして、コカ・コーラをコップに注ぎ、まずはその一口をパチャママへの捧げものとして、織物の四隅の地面にこぼし、大地に染み込ませるのです。
それから、コカの葉を噛み、タバコをくゆらせながら、家族たちは穏やかに談笑します。やがて、この静かな祈りの時間が終わると、毛刈りが始まります。
怯えるアルパカを優しくなだめながら、丁寧に毛を刈っていきます。一頭の毛を刈るのに、一時間ほどかかることもあります。
家族総出でも一度に刈れるのはせいぜい二頭ほど。
しかも毛刈りができるのは朝のうちだけです。なぜなら、アルパカは日中、草原を歩きながら草を食べる必要があるからです。群れが遠くへ行ってしまう前に、毛を刈ったアルパカを放してあげなければなりません。
だからこそ、晴れた朝はいつも、家族みんなが毛刈りのことを心に思い描いています。
二十世紀以降、アイマラ族にとっては自らの文化を取り戻す時代が訪れました。
十六世紀から十九世紀にかけてのスペイン支配のもと、彼らはキリスト教的秩序に組み込まれ、独自の生活様式や信仰を抑圧されてきました。
しかし、植民地支配が終わるとともに、アルパカの放牧も再び盛んになり、民族の誇りとアイデンティティの象徴として復興していきました。
今もなおアイマラ族の人々にとって、アルパカの毛刈りは、「大地とともに生きること」を思い出させる生命の循環の儀式の一つとして、続けられています。