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風景写真家・松井章のブログ

アルティプラーノとは —アルパカと人が生きるアンデス高原

アルティプラーノ — アルパカと人が生きるアンデス高原

南米アンデス山脈の中央部に広がる高原地帯(アンデス高原)を、アルティプラーノ(Altiplano)と呼びます。主に現在のボリビア西部からペルー南部にかけて分布し、標高はおよそ3,500〜5,000メートルに及ぶ、世界でも有数の広大な高地高原です。
「アルティプラーノ」はスペイン語で「高い平原」を意味します。その名のとおり、周囲をアンデスの山々に囲まれながらも、比較的平坦な地形が地平線まで広がる特異な地理構造を持っています。

標高4,000メートル前後では、酸素濃度は平地のおよそ6割程度に低下します。日中は強烈な紫外線にさらされ、夜間は氷点下まで冷え込むことも珍しくありません。年間を通じて乾燥し、風が強く、農耕には厳しい自然環境です。そのため、生息できる生物の種類も限られています。
しかし、この過酷さこそがアルティプラーノ独特の生態系を形成してきました。果てしない荒野や湿地帯、そして塩の原野。その環境に適応した動植物のみが生存を許されてきたのです。厳しい条件に順応した少数の生物種は、競争相手が少ない環境の中で、結果として安定的に繁栄することになりました。

ラクダ科動物であるアルパカ、リャマ、ビクーニャは、この高地環境に高度に適応しています。密度の高い繊維状の毛は寒冷から身を守り、効率的な血液循環は低酸素状態に対応しています。
外見の柔らかさとは対照的に、彼らは極めて頑丈な生き物です。高地の厳しい自然条件に耐えうる身体的特性を備えているからこそ、アルティプラーノで長く生き残り、繁栄してきました。

もっとも、アルティプラーノには彼らの天敵も存在します。ピューマやキツネといった捕食者です。こうした捕食圧の中で生き延びるため、アルパカやリャマは人とともに生きる道を選んだともいえるでしょう。
夜間は安全な囲いの中で休み、昼間は人が群れを密集させ、番犬とともに監視します。人と生きることは、彼らにとっても生存戦略の一部なのです。

広大なアルティプラーノにおいて、アルパカやリャマが安定して生息できる場所は、氷河を抱く山の麓が基本となります。氷河から溶け出した水が山麓を潤し、栄養のある草を育てるからです。
半砂漠のように広がるアルティプラーノのどこでも生息できるわけではありません。「山」という存在は、彼らの生存条件と切り離すことのできない要素なのです。

アルパカやリャマとともに生きる先住民族であるアイマラ族やケチュア族は、のちにインカ文明を築いた人々の系譜に連なります。インカ文明の成立以前から、彼らは山を太陽と並ぶ神聖な存在として崇拝してきました。山は水をもたらし、草を育て、生命を支える源でした。
その山と人とを結びつける存在が、アルパカやリャマです。彼らは単なる家畜ではなく、自然と人間を媒介する存在でもありました。こうした神話的世界観は、象徴的でありながら、実際の生活構造を的確に映し出しています。
山と人、そしてアルパカ。この三つの関係性を意識するとき、アンデス山脈の風景は単なる地理空間を超え、文化と生命が重なり合う場として、より活き活きと立ち現れてくるでしょう。

松井章 写真展「アルパカ ~アンデスの民と生きる~」

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